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2008年4月 9日

宿命

4-9ブログIMG_0083.jpg女に産まれた宿命・・・『祈れる女になりなさい』。
取材で訪れる神人達から常々言われ続けたお言葉。

沖縄(、、、といっても、私の『沖縄』は、領域の世界が残る『海辺の暮らし』と「神人」の世界)にいると、都会?で言う「男女共同参画社会」に反する事がたびたび生じる。

でも、それは『反する』のではなく、自然の摂理でいうと当たり前のこと。

自然の力は、脅威であり、文明の力のお陰で、女子供でも出来る『自然の中での仕事』は、その力を失った時(機会は壊れるのが当たり前です)、それが死を意味する。
だから、力のある男性が力仕事をするのが当たり前。男性が海に繰り出し、女性が出来る事(、、、子供を産み、育て、祈り、畑を耕す)をこなす『領域の世界』が成立する。

頭ではわかっているつもりで、島々の取材をして来たのだが、ふと、我に返ると、、、、、
私は、女であるという宿命を受け入れず、自分を蚊帳の外に於いて取材して来たのだ。

、、、、何も、わかっていない私、、。
昨日の『浜下り』で、久々に古宇利島の神人のお話しをいただきました。

引き出しの何処かにしまわれてしまっていた数多くのこと、思い出しました。
神人オバァ達に、あらためて、お話を聞きたいです。









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コメント(16)

そういえば女という字は女性が跪いて祈っている姿からきていると小耳にはさんだことが・・・
 ちーかーさんは写真で伝えつける事が宿命なのかもしれませんね。頑張ってください。

祈る女の視線のような写真、とても印象的です。ありがとうございます。

いつか古宇利島の少し北の与論島の写真も撮ってくださると嬉しいです。

よーく、わかる気がします。
街に住んでたら、わからない、気が付かないと思う。自然の凄さと素晴らしさ。島の時間はすきですね。

早くいい人見つけて 子供生みなさい。

私もよくわからないが、
都会?の生活は、自然の摂理ではなく、生活体系の自然が破壊されているのかなと思います。

いわゆる、男の役割、女の役割です。 
都会では、文明が進化し、娯楽も覚えて本来の役割を果たすのが面倒になっているのかなと思います。

だから信じられない事件も起きているのかなと思います。

海には、海の役割があり、山には山の役割があるように、男の役割、女の役割をきっちりと守りなさいと、ブログの古谷さんの文章を見た「神人」さんの言いたいことかなと思いました。

こんばんは。

僕は、古谷さんを、めったに見ないテレビ番
組で知り、とても、嬉しく思っています。


とても、失礼極まりない、書き込みだったの
かも知れません。


申し訳ございませんでした。


僕は、僕のすべきことをしなくてはいけない。


とても、素敵で勇気のある女性として、また、
写真家としても、これからも、応援しております。

どうぞ、お幸せに。

お疲れ様です…
沖縄には昔ながらの風習が色こく残っているんですね… いろいろと癒されます…
先程見てた…沖縄方言… あちーこーこ と言う意味とウートートかも…苦笑

古谷さんは?古谷さんらしく生きれば…いいんですから…これからも…
応援しています…

ゆくりみそーれ…苦笑
to.古谷千佳子様

力強い男達、毎日が真剣勝負の男達、イヤ~~凄い仲間ですね・・なかに紅一点。。 ガンバレーー!! 周辺には、キット、胸に迫る、記録にとどめたい感動のドラマが。。あるんでしょうね!!!

深いお話しですね・・。 でも ちーかさんの写真家としての活動から海人、神人の事を僕は知ることが出来ました。上手く言えないですが、笑顔が一番です(^-^)

いつ牙をむくか判らない自然。海は頑強な男どもの世界。。みんな、可愛い”海人ちーかさん”のコト心配されているんですね。。

こんばんは。これは流し読みするていどでいい
かとも思えます。古谷さんに、とって、必要で
ないことは、とっさに、目をつむってください。
”そして、削除していただいても構いません。”


ですが、多分、古谷さんも、ご存知かと思うので
すが。

男と女の話し、です。確かに、日本古来からの
役割というものは、いろいろな書物や、それだ
けではなく、父や母、祖父や祖母、先祖代々語
り継がれています。ですが、例えば、とある哲学
の本を読んで、とても、普遍性をもたせた”本当
の男とは”という定義は、さすがに、なるほど、と
思うのですが、それが、全てではないはずです。
現実的には(本の定義ではなく)男性の方も、十
人十色ですので、一概に、こうあるべきとは言え
ません。


心理学で有名なユングの言うところのアニマ(男
性のもつ、女性らしさ)とアニムス(女性のもつ、
男性らしさ)は実際には、普遍的無意識の中に誰
もがもっているはずです。そして、それが案外と自
分を高めるそうですね。(ユングについては、いろ
いろと批判要素がありますが、僕的には、それは
あまり、妥当ではないと判断します)

例えば、男性の方は、”俺は男だ!”、女性の方は
”私は女!”と、少しばかり決め付けて、それをずっ
と、意識し、思いながら、生活し続けると、しんどい
はずですね。ということは、べつに、決め付ける必要
はないのでは、と思うのです。

男性も、女性も、十人十色。


その方、その方、それぞれの資質や性格も、医学的
には、かなり小さな頃から、同じ兄弟、姉妹でも違い
がでるそうですね。ですので、そのままの古谷さん
(男性的なものも持ってらっしゃる)でいいと思うの
です。

それで、日本古来から受け継がれている、役割をこ
なせれば、いいのかな、と思います。

単純に、性別では男と女に割り切れますが、それは、
あたりまえです。


余談ですが、”あたりまえの”ことを、ひょっとしたら、
”あたまえではない”と思う自分が居たりします。


そこには、自分がいる”あたりまえ”ですね。

岩手のしゅーさん〜 ゆくいみそーれー やいびぃんどーヘイ(^^)v

どうぞ、お元気で。


どうぞ、お幸せに。

岩手のしゅーさん、神戸っ子さん、

こちらに書き込みをされている方々。


そして、古谷さん。今、書き込みされていらっしゃらない、まん丸さん
(実は、僕は、まん丸さんが、仰っていることが、とても、理に叶って
いるし、優しさあふれる、そして、行動力の伴う方だと、”自分勝手に
”思っていました)

どうぞ、皆さま、お元気で。

古谷様も、重ねがさね、お元気で、そして、
どうぞ、お幸せに。


さようなら。

面白いテーマだったので。

以前は久高にいて、海に潜ってばかりでした。今は別の島で米を作っています。
植物は見事に実ったときに、育ててくれてありがとうと声がします。そうしてそれを食べるとまたお互いが命をつなぎ合わせるような気がします。

魚や動物は、自分の体との対話を含めてちゃんと祈ったときには目の前に獲ってくれといわんばかりに現れます。でもそこには植物との交流のようなもの、向こうからのありがとうはない気がします。

海人でもないのに、でもどうして生き物を獲るのかというと、栄養をとるためというよりは、自分の命の確認のような気がしています。自分が大河の一滴であり、その流れを継ぎ、次へ繋ぐために自分の命を使うものであることの確認。魚と自分の命の交換。それは同時に自分の死を感じることでもあるかな。

勝手な言い分だけど、なんとなく命を生み出す女の人にはこの作業をやってもらいたくないような気がします。魚を突くときも、ヤギをさばく時も、何かの命を奪う作業。

力があるないよりも、過酷な仕事をずっと耐えながらやるのは男ならできるというか、女の人が豊穣さをうしなわずにはできないというか。もしかすると単に女の人には豊かさを失わないでほしいという淡い願望なのかもしれないけど。

久高にいるときは海に行く前に道でおばあにあうと少し落ち着きました。それは無事を祈ってくれるのがわかっていたから。
こんなことを書きながらおばあたちの顔が思い浮かび、その情の深さにありがとうございますという思いが湧き上がります。

祈れる人になりなさい、か。

改めて、文章を読んでみました。
深いと言うか、物凄い文章だと思いました。
みなさんのコメが、立派だからです。
立派な文章は、各人、各様の意味を持ち、誤読が多い。しかし立派な文章は、誤読もまた、立派である。
私の好きな言葉です。写真でも、音楽でも当てはまると思います。

大阪、機会があれば伺いたいと思います。
詳細、お願いします。

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このページは、古谷千佳子が2008年4月 9日 11:28に書いたブログ記事です。

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