2009年12月16日
普天間基地
数日間の取材が終わり、雨ザーザー。
お見事!!晴れ男の編集者と、晴れ女のカメラマン。
ロケ撮では、お天気を見方に出来ないとだめなので、その点は、私はオッケーかな?(笑)今、日本中の注目を浴びている『普天間』『辺野古』と取材すると、色々考えてざるを得ません。
そんな視点で、リゾートや海洋博があった「海」と接すると、さらに複雑な気持ちになってしまいます。うむむむむ・・・
長年お会いしたかった海洋学者のK氏。
とても心身ともにビューティフルで、信念を持って活動されているお方。
20年前、今の私の年齢に、本部町に住んで、あちこちの海を潜っては研究されて、本国へお帰りになり、3年前に戻って来られました。
周囲から、なんと見られようと、言われようと、サンゴの海を守るために活動されている彼女の目には、今をどう見ているのでしょうか?
もっと、もっとゆっくりお話したかった。(チビ連れだと、難しいかな。)
私が知っている沖縄の海は20年前から(厳密には25年だけれど、その頃の海って『奇麗』って、印象しか残ってない)。
その時だって、すっごく奇麗だって記憶しているけれど、その前はもっともっと、美しい海だったんですって。
海人オジィ達の記憶に残っている海中世界。でも私は覗くことが出来ない。
ルー達、未来を担う子供達が見る、20年後の海って、どんなだろうか。
最近、リアルに、そんなことを考えます。
本物の海を残さなければならない。
でも、写真映像も貴重だ。無くなる事を前提としてとるのではなく、残ることを祈りつつ、活動しつつ、シャッターを切り続けたい。
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20年後の海。
白保と大浦湾のアオサンゴは 生き生きしているだろうか?
K氏、というよりは、M氏?
面識はありませんが、ある意味、私が沖縄に済み始めるきっかけをくださった方でもあります。少し前にテレビでお姿を拝見しましたが、また沖縄に住まれているのですね。海洋学者の端くれである私も、いつかお目にかかりたいものです。